米国で「ブルーカラービリオネア」現象

「音響装置の修理技師がポルシェに乗ってやって来たよ」。弁護士の友人が苦笑する。マンハッタンの自宅アパートの天井や壁に取り付けたオーディオシステムが故障して修理に来た技術者は数千ドルの修理代を請求した。友人はウォール街の金融機関を顧客に長年法務サービスを手掛けてきた腕利き弁護士で、顧客には1時間700ドルから1000ドルの手数料を受け取ってきた。しかし近年は時間のかかるリサーチ業務をパラリーガルに代わった人工知能(AI)に任せるようになった。短時間でリサーチができ、顧客から受け取る手数料が低下した。「ロングアイランドの高級避暑地、ハンプトンに別荘を構える音響装置の修理技師の方が自分よりもいい生活をしている」というのも大げさではないようだ。と日経記事にあります。
米国ではこうした技能工を今、「ブルーカラービリオネア」と呼ぶ。必ずしも10億ドル単位の収入があるわけではないが、一般のホワイトカラーの稼ぐ機会が減少する一方で、ブルーカラーの労働者が金持ちになるチャンスが膨らんでいる状況を指す。「配管工は今や医者よりも収入が高い」と冷暖房空調整備技師も教えてくれた。たしかに筆者が住むマンハッタンのアパートの水道管に水漏れがあったとき、2時間の作業で800ドル(約12万円)を請求された。この金額は妥当なのか。知識のない消費者はただ言われるままに支払うだけだ。AIには代替できない、技能を習得し経験を積んだ配管工や自動車整備士など、日本の職人に相当する技能工への需要が高まっている。

米建設業協会によると、2026年は建設業界で49万9000人の新規労働者を見込む。この労働者には配管工や空調整備技師、電気技工士などが含まれる。ホームセンター大手傘下のホーム・デポ財団は高校生などを対象に卒業後、すぐに建設関連の仕事ができるような実地訓練を無償で実施しているが、18年の開始以降、すでに6万人が訓練を受けたという。人々は機敏に世の流れを見つめている。
興味深いのは、ハーバード大学など有名私立大学への助成金をカットしようとしているトランプ政権がブルーカラー養成を支援していることだ。7月に成立した減税・歳出法(OBBB)では、政府が奨学金「ペル・グラント」の支給対象に、従来の一般大学の授業料だけでなく、26〜27学年度から職業訓練などの短期資格取得プログラムの費用も加えることを決めた。
高額の授業料を支払ってやっと卒業した大学生が職にあぶれ、ブルーカラーは引っ張りだこ――。そういう状況に米国はある。四年制大学で経営学を専攻し今年6月に卒業したある大学生は、2000社に履歴書を送ったがいまだに就職先が見つかっていない。理工系の学部でコンピューターサイエンスを専攻した卒業生はコンピューターのコード作成はAIが担う昨今、仕事が全然ないと嘆く。米労働省の統計ではブルーカラーの仕事で賃金が最も高いのはエレベーターとエスカレーターの設置・修理工で、年間所得は中間値で10万6580ドル。日本円にして1600万円に上る。この職業の学歴は高卒が普通だ。
米国で大金持ちになるのは知識階級の人間というこれまでの常識が崩れつつあるのかもしれない。アップル創業者の故スティーブ・ジョブズ氏やフェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグ氏のような一握りの天才的ホワイトカラーはビリオネアになれるかもしれないが、平凡なホワイトカラーはミリオネアになるのも至難の業だ。ブルーカラービリオネアという現象は、AIがさらに発展するまでの一時的なものなのか、それとも人間にしかできない技術の価値を示す普遍的な傾向なのか。まだ答えは出ていない。
興味深い記事であり、日本においてもこの流れが来るものと確信しております。