アイプロ「パナから独立怖かった」

2019年にパナソニックから独立したセキュリティーカメラ製造販売のi-PRO(アイプロ、東京・港)が成長している。中尾真人社長は「最初は独立が怖かった」と話すが、25年3月期の連結売上高は515億円と21年3月期から7割増えた。パナソニックHDは構造改革の真っただ中で、アイプロの成功は売却を検討する対象の事業にとっても道しるべになりそうだ。と日経記事にあります。

「独立当時、社員全員が懸念を抱いていたのではないか」。中尾社長は打ち明ける。アイプロは19年、パナソニックのセキュリティーカメラ事業が独立し、投資ファンドのポラリス・キャピタル・グループが80%を出資して設立された。パナソニックのブランド力を失うことには社内に不安の声があったという。それでも設立から2年ほどで「パナソニックの名前はなくても大丈夫だと思うようになってきた」(中尾社長)。設立時の社名は「パナソニックi-PROセンシングソリューションズ」だったが、22年に現社名のアイプロに変更し、さらに独立志向を強めた。

「小さな会社になり、パナソニックのように知名度もなければお金もない。会社の資源は貴重だ」と考え、選択と集中に舵(かじ)を切った。人員をカメラというハードに集中させ、ソフト開発やSIは別会社とパートナーを組む方針に転換した。さらにすべてのカメラに人工知能(AI)を搭載するよう指示し、動く物体を自動で検知したり、施設内の混雑状況を検知したりできるようになった。様々なソフトの開発に携わっていたエンジニアを「すべて(カメラ側でデータを処理する)エッジコンピューティングに振り向けた」(中尾社長)と振り返る。

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スピード感も追求した。カメラの新製品を開発する際、センサーなど主要なカメラの構成物をモジュール単位で分け、それを組み合わせて製品を開発する手法を導入した。年間で発売可能な新製品は20モデル程度だったが、足元では5倍の100モデルに増えた。中尾社長はミスミや日本オイルポンプなどの経営に携わったいわゆるプロ経営者だ。これらの企業の経営を通じて実感したのが「需給で価格は決まる。いかに早く製品化するかが勝負だ。このサイクルを短くできれば、安売りする必要はない」ということだ。

ブランド依存を脱却し、自社の競争力を再定義することが成長のカギとなり、小規模企業こそ、スピードと集中戦略で大企業に勝てる余地がある。経営者は「どこに資源を割くか」「何を外部に委ねるか」を明確に決めることが重要であり、プロ経営者の視点は、事業再生や独立直後の組織に大きな価値をもたらすと感じた記事でした。